くら(1)2009/02/05

 地面の上に一定の広さをもつ空間、それが「くら」に対する共通の理解だった。広さにこれといった基準はなく、非常に狭い場所も、逆にかなり広い土地も一様に「くら」であった。狩りをするところは「かりくら」と呼ばれ、鎌のように曲がった三日月形の土地は「かまくら」、辺鄙な場所は「かたくら」、谷の終点は「まつくら」といった具合に理解された。地形や地勢を表す言葉に添えてその辺り一帯を示すことができたので、特定の土地や場所を指し示すには格好の音声表現であった。
 地表に露出した巨大な岩石が醸し出す空間も「くら」として理解された。これらの岩石はしばしば「いわくら」と呼ばれ、神が座る場所に違いないと考えられた。そして神がおわす場所として「かむくら」が定められ、神をまつるための「かぐら」が奏された。神前で奏される歌舞を「かぐら」と称するのは、この「かむくら」が転じたものではないかと言われている。
 農耕文化がもたらした生産性は貧富や貴賤の差を生み出し、人々の間に新たな序列を設けた。「くら」は人々のこうした関係を表す事柄にも使われ始めた。屋内に会するとき銘々が座る場所は「くら」と呼ばれたが、その位置関係が問題になった。人々が上位と認めた席は「かみくら」と呼ばれ、「たかくら」は貴人の座る位置と受け止められた。「たかみくら」はそうした中でも最上位とされる場所であった。ここには天皇が座った。「くらゐ」はこの場所に座っていることを表し、やがて天皇の地位を示す言葉となった。