さもしい(2)2009/03/05

 定額給付金をめぐる今回の騒動で話題になった「さもしい」は、室町時代に成立した狂言作品の中にまず登場する。狂言は一種の会話劇である。だから、狂言に登場する言葉は全て成立当時の市中で普通に使われていたと考えて間違いない。用例には人の行いを見苦しいとするものも若干混じるが、この時代においては主に姿や見た目の貧しさ・みすぼらしさを表現する言葉であったと言ってよい。いずれも現実が理想とはかけ離れた状況にあることを示す場面で使われ、その意味合いは否定的な要素の強いことが特徴である。
 次にこの言葉がまとまって登場するのは、天下太平真っ盛りの18世紀前半に大坂で生まれた浄瑠璃作品の中である。しかも手元の例を調べると、その意味合いは狂言作品のものとは明らかに異なっている。「(心根が)いやしい」の意味で使うものが増え、室町時代の用法に近い「(身なりが)みすぼらしい」の例はあまり見あたらない。戦国期から織豊政権の時代を経て徳川氏による長期安定政権が揺るぎないものとなる中で、「さもしい」の中身が物から心へと拡がっている。目に見える事柄の印象や感想だけでなく、見えない事柄についても表現する言葉へと変わったのである。
 こうした変化の背景に何があったかを分析できれば、日本人が懐く物と心の関係など日本人と言葉をめぐる様々な問題の解明にも役立つはずである。室町時代に突如現れたものか・そうでないかも気になるが、この言葉が鎌倉時代末期の成立と言われる兼好法師の「徒然草」に見あたらないことは確かである。いずれにせよ登場時より言葉の否定的な意味合いが強まっていることに注意したい。政治家も企業家も、自他の別なく、決して人前で口にすべき言葉ではないと言えるだろう。