こぶし・拳・辛夷(3)2009/03/26

 こぶしの花は蕾に注目する限り、頭頂部に花びらの白が見え出す前も見え出した後も筆の先(穂先)に近い形をしている。だから、こぶしを木筆(もくひつ)と呼ぶのは大いに理解できる。漢字でそう書いて「こぶし」と呼ばせることも許されよう。だが蕾やその開き掛けが握り拳に見えるという説には賛成しがたい瑕疵がある。これらを無批判に紹介するようでは辞書の責任は果たせない。その第一責任が編者にあることは当然だが、編集部の責任も決して小さいものではない。
 では古代の人々は、こぶしの何(どこ)に拳を見たのだろうか。こぶしの春夏秋冬を観察して唯一それに該当しそうな形状を目にする時期があるとすれば、それは夏の終りから秋にかけてである。この季節、こぶしの木には花が散ったあとに果実ができ、成長するとその形が握り拳に見えないこともないからだ。もしこの拳説が当たっているとすると、古代の人々がこぶしの木に見ていたのは花ではなく果実の方だということになる。人間がその植物に何を見るかは時代によっても異なるということであろうか。
 とは言え、これはあくまでも命名の由来を拳に求めた場合の話である。他の由来が見つかれば、それはそれで検証し直さなければならない。それが辞書を編集する者の責任であり仕事でもある。