■与野党--新釈国語・追補2009/06/29

 与党と野党、すなわち全政党の意。(それぞれの言葉については下記のページを参照)
 敢えて補足するなら与党とはおおむね官僚の希望に添って政治を行う政党、野党はそれに異を唱える政党。

 ⇒http://atsso.asablo.jp/blog/2009/06/18/ 与党 野党

■マニフェスト--新釈カタカナ語2009/06/29

 日本では政策綱領や政権公約書の意に用いられることが多い。本来は政党に限らず各種の団体が世間一般に対し実行すると約束した事柄を文書に明記したものを指す。政党の場合は選挙の前に有権者に対し公約として政策の内容をより具体的に優先順位、数値目標、実施予定・方法、実施のための財源まで含めて示し、それらを文書化したものをいう。各種選挙の立候補者が当選後の政策として公約する事柄を記した文書についても用いられる。元はラテン語に由来するイタリア語の manifesto だが現在では英語にもなっていて、積荷目録や乗客名簿を指す manifest とは区別される。

 なお政権党にあっては前回の選挙で示したマニフェストの中身をまず総括し、実現できた政策とそうでないものとに分けて実現の割合を数字で示した上で、実現できなかったものについてはその原因や理由と責任の所在および今後の取り扱いについて明確に示すことが基本である。これを欠くと、その時々の都合や時流だけにとらわれた一般的な政策カタログとの差がなくなり、政権与党としての自覚や責任能力に疑問符が付くだけでなく、マニフェストを信じて投票した多くの有権者をも欺くことになる。

■政権交代--新釈国語2009/06/29

 政権を担当する政党が現在の与党から他の政党に入れ替わること。単に政権与党の名称が入れ替わるに過ぎない場合もあれば、政策の趣がそれなりに変わる場合もあるし、内容面に加えて政策の立案から実行に至るまで政治の仕組みが大きく変化する場合もある。そのため各政党には、政権交代によってどのような変化がもたらされるかを予めマニフェストなどによって明示することが求められる。

■恫喝 2009--新釈国語・追補2009/06/29

 あまり先の長くない病人の枕元で耳障りな声を挙げるその家の子や孫の評判が立ったとき、噂を伝え聞いた親戚筋の小父さんが「(誰々の)支援はできない」と呟くこと。

■姑息な手段--新釈国語2009/06/29

 何か困った問題が生じたとき、(それを根本的に解決する方策ではなく)とりあえず急場を凌(しの)ぐために採用する一時的な間に合わせ策や中継ぎの対策をいう。漢語の姑息には婦人(姑)と子ども(息)という意味のほかに、暫く(姑)休む・止む(息)という意味があり、後者は儒家の経典である「礼記・檀弓」の「細人の人を愛するに姑息をもってするなり」に基づくとされる。細人とは心の狭い人、性格のゆがんだ人、取るに足らない小物の意である。実際、姑息と評されるような手段を考えたり提案するのは小物と見なされる人物や小物集団と化した政党・組織などの特技と言えるだろう。
 またこの言葉に、さらに「因循」を冠して因循姑息な手段の形で用いられることも少なくない。因循にも古い方法や習慣ばかり大事にして一向に改めようとしないさまをいうものと、ぐずぐず言うばかりでさっぱり煮え切らないさまをいうものの二つの意味があり、通常は前者の意で使われる。ある問題への対処がいつも同じ手法で繰り返されることは、その人物・集団に学習意欲がないことの証拠であり、将来の進歩発展が見込めないことを意味している。

◎アジサイ回顧(5)--夏便り2009/06/29

 明治政府は江戸生まれの大槻文彦に近代国家に相応しい国語辞書の編纂を命じ、明治24年(1991)日本最初の五十音順辞書「言海」を完成させます。これを大槻が生涯をかけて増補改訂したものが「大言海」です。完成は昭和12年(1937)、大槻が没した9年後のことでした。大槻が増訂作業で特に力を入れたのは用例の採取と語源の記述でした。
 語源の記述ではアジサイも大槻を大いに悩ませたことが想像できます。大槻は契沖の味狭藍説に与することは止めて独自の解釈を展開しています。辞書の編纂に当たって先人の業績を参照したことは当然ですが、平安末期に成立した漢字辞書「類聚名義抄」が紫陽花に対し「アヅサヰ」と和訓を付けていたからです。大槻はまず「アヅサヰ」なる言葉が生まれ、それが万葉時代に「味狭藍」や「安治佐為」の字を当てる言葉「あぢさゐ」に変化したと見たのです。
 そして「アヅ」は集まるの「アツ」であり、「サヰ」は真藍(サアヰ)であるとして、これを「アツサアヰ」からの約転によって生まれた語だと結論づけたのです。約転とは音素や音節が脱落したり融合して別の音節となることです。この例で言えば「アツサアヰ」が「アヅサアヰ」と濁音になり、さらに「ア」の音が脱落して「アヅサヰ」に変わることを指します。(つづく)