◆事務次官不要論のすすめ(2)2009/09/18

 さらに天下りの理由に事務次官が一人である点を挙げていることにも注目する必要があります。省務の整理役も事務の監督も一人でないと上手くゆかないという意味でしょうが、そのためにこそ大臣政務官や副大臣や大臣がいるのです。人件費に厳しい民間企業であれば局長同士の合議制などいろいろな知恵や工夫を重ねて運営方法を考えるでしょう。行政刷新会議の場でよく検討し、無駄な役職は速やかに廃止すべきです。

 江戸時代でもないのに、殿様の不在や殿様の愚鈍を幸いに権力を揮い私腹を肥やす国家老の存在はテレビの「水戸黄門」だけで十分です。各省幹部の自助努力を棚上げし、彼等の怠惰と安楽な老後を助けるために税金を投入して財団法人や独立行政法人を増やしていたのでは国民・納税者はたまりません。

 愚鈍な政治家は国民・有権者が選挙で退治できます。しかし手厚い身分保障のある事務次官や各省幹部が省益を優先して政治家まがいの発言をしたり、地方や弱者をいじめても今の制度では国民には手が出せません。こんなことを放置すれば腐敗は江戸時代より酷くなります。水戸黄門でも退治できなくなります。行政刷新会議の結論が待たれます。(つづく)

○写真は観賞用に栽培される五色唐辛子です。濃い赤に混じって紫色も顔を見せています。左下の白い粒は花びらです。実が上を向いて付くところが官僚に似ています。事実、戦前の高級官僚は親任官、勅任官、奏任官などと呼ばれ、みな天皇に仕えていました。今の官僚は国民に仕えるべき公務員のはずですが、どうも視線の先にあるのは強い者か五月蠅(うるさ)い人々のようです。新政権も相当強くならないと、特技のサボタージュといやつで抵抗を繰り返すでしょう。油断できません。