■新聞の日本語 うそぶく2010/01/31

 新聞社もテレビ局も一般企業と同様に経営危機のただ中にある。二番底などという噂はあるものの多くの企業がニクソンショックやバブルの崩壊やリーマンショックをバネに経営の改善や効率化を図りながら、何とか危機を乗り越えてきた。新聞やテレビはこれらの危機を騒ぎ立てて記事にし、ニュースとして報じることで飯の種にしてきた。だが今度ばかりは勝手が違うようだ。

 何より新聞社の危機もテレビ局の危機も構造的なものを背景にしている。いまマスメディア企業の経営を脅かしているのはインターネットや携帯電話の普及によるメディアの一大変化である。新聞の購読などという古新聞の始末や講読勧誘に悩まされる古くさい習慣とは無縁でありたいと考える若者が増えている。日清・日露の戦役で国民的なメディアとしての地位を獲得し、次には関東大震災の不幸を種に東京進出を果たすことで寡占化の道を突き進んできた大新聞がいま多くの国民からしっぺ返しを食らっている。そんな風に感じられてならない。果たして一社だけの企業努力で乗り切れるものか非常に疑問である。

 もうひとつ現代の新聞にとって不幸なのは、新聞制作を支える編集態勢の劣化である。すでに何回か指摘したように団塊世代の大量退社によって、取材し記事を書く能力が著しく低下してしまった。また、それらの記事を点検する側のデスクも年齢が下がり経験が不足し、さらに校閲まで能力不足や経験不足に見舞われている。今朝の朝刊に驚くべき日本語表現があったので紹介しよう。

 社会保険庁の一連の不祥事を見て見ぬふりし、少子化の進行を指をくわえて見つめ、派遣労働者が苦境に陥るのを予想しながら放置した厚労省。そんな組織が、長妻氏にはたるんだ職員の集合体に映る。それでも、あまりに急進的な手法には、まだ多くの職員がついていけていない。(毎日新聞・2010.1.31・朝刊 p3)

 これが昨秋、共同通信への再加盟を発表し、いわゆる発表ものは共同通信からの配信記事を使って取材費の合理化を図り、自社の記者は独自取材に振り向けることで、より掘り下げた深みのある紙面作りが期待できると表明していた新聞の現実である。この記事が一面トップを飾る“診療報酬増を「偽装」”という記事の続きであることを見れば、突然に飛び込んだ俄仕立ての記事でないことはすぐに想像がつく。しかもその末尾がこれである。文字数にはまだ1字分の余裕がある。「ついていけていない」などという耳慣れない日本語の9字を止め、せめて「ついてゆけないでいる」の10字に改めることができなかったのかと我が目を疑った。

 それだけではない。細かい点はさておくとして、この記事にはもうひとつ大変気になる日本語が使われている。記事全体が長妻大臣に不満を抱く厚生労働省の官僚の気分を代弁した形になっていて、揶揄したり非力をあげつらったりしているのだが、その中に次のような表現が使われていた。今度は一面トップの末尾に近い場所である。

 財務省が一転、0.19%増を受け入れたのは真の薬価削減幅は1.52%のまま、診療報酬改定率は0.03%増で実質ゼロ改定と言えるからだ。「脱官僚」を掲げる長妻氏も、巧妙な官の振り付けで踊った形となった。
 「こういうのが役人の知恵なんだよ」
 厚労省幹部は、そううそぶいた。(同上 p1)

 最後にある「うそぶく」とは平然として言う、の意である。大きなことを言う、の意にも使われる。厚生労働省の幹部の態度や口ぶりが実際にこの日本語の通りであったとしたら、それはその幹部が早晩引退するか転職するつもりなのだろう。そうでなければ長妻大臣を小馬鹿にし、頭から嘗めてかかっていることになる。

 記事には大臣が「厚労省の組織管理について(中略)今後人事を含め、統制を強める考えを強調した」ことも記されている。大臣のこうした姿勢に対する挑戦的な気持、そして自分たちの能力に対する絶対的な自信、このふたつが揃わなければ決して口にできない類の発言内容である。賢明な人間であれば、それでも口にはしないだろう。この新聞はそういう日本語を使って記事を書いたのである。

 折しも国家公務員の幹部人事を一元管理するための内閣人事局の設置が検討中と伝えられている。政府の構想どおりに国家公務員法改正案が国会を通れば、府省庁の次官が局長級に降格されることも可能になるという時である。この記事は、そうした政府や民主党長妻大臣の方針に対する真っ向からの挑戦状であろうか。この幹部が後で泣き言や言い訳などしなくて済むよう新聞社幹部は言葉の使い方にもっと気を配る必要がある。仮に記者にはそのように感じられたとしても、記事にするときは「そうつぶやいた」とか「そうささやいた」といった表現にするのが穏当ではないだろうか。




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