さはる(触る・障る)2009/03/09

 音声表現には、言葉をどの視点から捉えるかによって、発した側とそれを受け取る側とで意味合いが大きく異なってしまう可能性もある。全く同じ言葉を聞いてもそのときの立場が異なれば、音声表現としては同一なのに、そこに思わぬ解釈の差が生じる。
 こうした変化を、動詞「さふ」から生まれた「さはる」の例で見てみよう。「さふ」とは身体の一部をそれ以外の何かに接触させることである。この言葉は、話者のそうした行為を表す音声表現として定着した。だから列島の先人が漢字を知り、さらに仮名文字をも獲得したとき、この音声表現に相応しい文字として選んだのは「触ふ」であった。
 ところがこれを話者の立場ではなく接触される側の立場から見た人がいた。この人にとって「さふ」という行為は、その話し手が抱いたものとは全く別の意味合いに理解された。前へ前へと進みつつあるときだったから、「さふ」はこの前進を阻む行為のように感じられた。そして、このときの理解に相応しい意味合いを漢字に求めて創りあげた書き言葉が「障ふ」であった。つまり列島の先人たちは「さふ」というひとつの音声表現の中に、話者の都合や立場だけを表す本来の意味と、この行為が接触される側に及ぼす影響の2つの役割を見たのである。