○柿の実(2)2009/09/23

 去る者は日々に疎し、とは言うが早いものである。奈良・薬師寺の管主だった高田好胤師が亡くなって、数えてみたらもう11年余りになる。師がまだ30代の、若き頃の話である。修学旅行生を前にした師の語り口には定評があった。日頃は教室で騒がしい子供達も師の名調子には思わず耳を傾け、話に聴き入る。
 季節は4月の下旬。戦災こそ免れたものの地震の被害が各所に残る頃で、寂れた境内には草木が芽吹き、初夏の風が穏やかに吹いていた。いつものように、バスから降りた詰め襟姿に制帽姿の高校生達を復興前の西塔近くに集め、子規の話を持ち出して「柿くへば」の句を紹介し、さらに指先を東塔に向けて例の名調子を聴かせた。
 そして「御覧のように一見六重に見えますが、実は三重の塔でありまして、各層には裳階(もこし)と呼ばれる小さい屋根が付いてございます。この大小6つの屋根が微妙に重なりあって、えも言われぬ美しさを醸し出すのでございます。凍れる音楽と称えられておるのでございます。」と語り終えた。すると目の前で一人の高校生が、顎(あご)を撫でながらぼそっと呟いた。

  じっと聴く塔と若葉のコンチェルト

 師は句の見事さと、それが目の前の若者の口から漏れたものであることに強い衝撃を受けたという。以後、師の説明に一層の磨きが掛かったことは言うまでもない。なお昨日の写真も今日の写真も、柿の品種は富有柿である。本格的に出回るのは10月末以降である。(了)

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック