◎季節の言葉 凍る・氷(2)2010/02/01

 漢字の偏である三水は池、河、波、沖、汁など水に縁のある文字の構成要素に使われている。沈、没、汚、治のように水とは一見無縁と思われる文字も字書を引けば水との関係を知ることができる。

 氷が水の凍ったものであることは多くの人が知っている。凍るという文字の偏である冫は一般に二水と呼ばれているが、「ヒョウ」という漢音をもつ漢字でもある。冫は元は「人」を縦にふたつ重ねて書き、水が凍り始めたときのさまを表したものだと言われる。つまり氷は「冫+水」と記すことで、水が凍ったさまを示している。


 日本列島の先人たちは、当時が今より寒かったせいかどうかは知らぬが、凍るとか氷というものに対して現代人より遙かに細やかな観察をしていた。その名残が「ひ」と「こほり」の使い分けである。まず「万葉集」の恋の歌から紹介しよう。冬の凍てつく夜の待ち合わせを詠ったものだが、ついに相手は姿を見せることがなかった。

 我が背子は待てど来まさず雁が音も響(とよ)みて寒しぬばたまの夜も更けにけりさ夜更くとあらしの吹けば立ち待つに我が衣手に置く霜も氷(ひ)にさえわたり降る雪も凍りわたりぬ今さらに君来まさめやさな葛後も逢はむと大船の思ひ頼めどうつつには君には逢はず夢にだに逢ふと見えこそ天の足り夜に(万葉集・3281)

 霜は「氷にさえわたり」、降る雪は「凍りわたりぬ」と使い分けている。これは長時間、戸外で立って待っていたので衣の上に霜がおり、それががちがちに氷って氷(ひ)のような固まりになったという意味である。また、その間に雪も降ってきて、その雪が厳しい寒気に触れて表面が凍り始めたと歌っているのである。ひたすら待ち続ける心情、その哀れさがひしひしと伝わってきて切ない。


 また「源氏物語・蜻蛉」にも、この「ひ」が登場し、薫と小宰相の君の夫婦仲を示す小道具として使われている。「氷をものの蓋に置きて割る」「手に氷を持ちながらかく争ふ」「氷召して人びとに割らせたまふ」と「ひ」を割って遊ぶ様子が描かれている。この場合の「ひ」は冬のうちに氷を池などから切り出して氷室(ひむろ)に入れて貯蔵し、夏の暑いときに取り出して貴族の涼みの用に供したものを指している。池の表面に厚く張った氷も貯蔵時間の経過と気温の上昇とによってやせ細り、夏には人が割って楽しむくらいに薄くなってしまったようだ。(了)