○蓼(4)--野の花2009/10/07

 谷崎潤一郎が大阪と東京の新聞に「蓼喰ふ虫」なる連載小説を始めたのは昭和3年12月4日のことである。もう80年以上も昔のことになってしまった。谷崎文学の魅力は人によりきっと色々あるに違いない。が何と言っても一番は、今では滅多に聞かれなくなってしまった懐かしい子どもの頃の耳慣れた日本語に会えることである。そこには笠智衆、原節子、三宅邦子等の演じる「麦秋」や「東京物語」の日本語が溢れている。

「どうなさる? やつぱりいらつしやる?」という言葉遣いのできる女性の数がどんどん減ってしまった。職場でも電車の中でもまず耳にすることはない。戦後生まれの女性の中にもこうした言葉遣いのできる人はいるのだが、どうもそれをさせない空気のようなものがいつの間にか出来上がってしまった。

 公共放送を謳うNHKにも生き残り競争の波が及んでいるようだ。最近はすっかり若者志向が定着している。年寄り連中には目もくれず、ひたすら8チャンネルを手本に民放化への道を走っている、とはテレビ好きの知人の話だ。テレビを点けるしか人語に接する機会がないと電話で零している。独り暮らしにもそれなりに悩みはあるようだ。谷崎文学の世界に憧れるのも結構だが年がら年中いつまでも、男がもて続ける保証はどこにもない。(つづく)

  男跼み火をおこしをる蓼の花 渥美実