◆麻生内閣浮き石論(2) ― 2009/07/23
2:基盤から遊離して不安定な状態の石。ぐらぐらする石。
昨2008年の秋、自民党に麻生総裁が誕生したのは全くのところ町村派を率いる森喜朗元総理のお陰である。他の派閥の領袖達はこうした森の動きを見て、電車に乗り遅れまいと急ぎ麻生支援を表明したに過ぎない。以来、麻生は森だけには決して足を向けて寝ることのできない総裁・総理となった。自前の派閥に集まる衆参合わせて21名の議員ではお世辞にも安定した政権基盤は築けない。
にもかかわらず麻生はまるで強がってでもいるかのように、総裁選に力を尽くしてくれた盟友やお友達と呼ばれる議員達を重用し、さらに派閥間の均衡を図ることで党執行部と内閣を組織した。それでも幹事長の人選だけは町村派の意向に従わざるを得なかった。少々地味な細田が派遣された。「いずれにしろ、すぐに総選挙だ。総選挙は俺の顔で圧勝できる。福田前総理とは人気が違う。麻生派は今の何倍にも増えて実権を握ることになる。それまでの辛抱だ」とでも考えたのだろう。
だが目論見は見事に外れ、解散は先へ先へと引き延ばされることになった。一度解散を予測させ、その期待を抱かせた後に裏切ることはマスコミが許さなかった。マスコミは麻生に逡巡癖があると気づくようになった。逡巡は麻生の本意ではなかったが、派閥均衡人事の上に成り立つ内閣の長としては思うに委せない点が多々あった。加えて、連立を組む公明党の事情も無視できなかった。マスコミは、そんな麻生のために「ぶれる」という印象批評を用語化し多用した。麻生が逡巡するたびに「ぶれた」「ぶれた」と書き立てた。
折しも日本郵政の簡保の宿の売却問題が持ち上がり、総裁選の最大の功労者でもある盟友の鳩山邦夫総務相の華々しい発言が目立つようになった。中川昭一財務・金融担当相の辞任問題で弱り込んでいた麻生は内閣支持率向上の好機とでも思ったのか、不用意にも
「実は郵政民営化には賛成じゃなかった」という発言をし、鳩山には手紙まで書いて西川社長の罷免を応援した。
ところが党内の小泉郵政改革支持者から一斉に反発の声が挙がると、ついに「ぐらぐらする」麻生の本性を露わにしてしまった。自分が党内有力派閥の危うい均衡の上に辛うじて立たせてもらっている総裁であることを、いつの間にか忘れそうになっていた。慌てた麻生はマスコミが期待するとおりの釈明に追われた。そしてさらに「ぶれる」総理の印象を強くさせた。
この問題は最後には鳩山総務相を辞任させることで決着を見せたが、自民党の存在そのものが揺らぎ、その揺らぐ基盤の上で麻生がまた「ぐらぐらする」という二重に不安定な構造が出来上がっていることに気づく人は少ない。麻生自身がそのことを忘れたのか、あるいは元総理の安倍の無責任な進言に勇気づけられたのか、その後も森の恩義を忘れたような党三役人事を考えて不発に終わらせたり、東京都議選を挟む解散予告の動きがあって、ついには今回の自民党内ドタバタ署名劇へと発展することになった。幸い麻生下ろしの署名劇は細田幹事長など党執行部による公認保留もちらつかせてのなりふり構わぬ説得工作によって急速に萎んだ。その後の代議士会における中川元幹事長と麻生との握手は、ドタバタ劇が茶番劇へと化したことを物語っている。
最後は自民党が総ぐるみで有権者を愚弄して見せたのである。しかし、ぐらぐらする浮き石がそのときだけの権力を行使して無理に揺れを収めても長続きはしない。4年前の総選挙において郵政民営化に反対の議員を公認から外して追いつめた当時の幹事長武部が、今回は同じ手法によって逆に麻生下ろしを断念させられることになった。マスコミは面白がっても、こんな芝居が国民の暮らしを守ってくれるはずがない。有権者はようやく、自民党という政党そのものが根底から瓦解しかかっていることに気づいた。総選挙を先延ばしされて積もりつもった国民の怒りは今、地下へ潜りマグマとなって噴出の時を待っている。
もはや、ぐらぐらする石は麻生だけでも麻生内閣だけの問題でもなくなりつつある。自民党内の至る所に浮き石ができ、どちらが地盤でどちらが浮き石かさえ分からなくなっている。その弊害が国内の至る所に及んでいるとき、あろうことか霞ヶ関では官僚達が着々と自民党瓦解後の準備を始めている。自民党の安泰が霞ヶ関の安泰を意味した時代は終わった。霞ヶ関の安泰は、もはや自民党の安泰を必要としないところまで何重にも防護策が張り巡らされてしまった。これが、麻生が総理就任以来一貫して主張し擁護し続けた霞ヶ関の官僚達を使いこなすということの実態である。
昨2008年の秋、自民党に麻生総裁が誕生したのは全くのところ町村派を率いる森喜朗元総理のお陰である。他の派閥の領袖達はこうした森の動きを見て、電車に乗り遅れまいと急ぎ麻生支援を表明したに過ぎない。以来、麻生は森だけには決して足を向けて寝ることのできない総裁・総理となった。自前の派閥に集まる衆参合わせて21名の議員ではお世辞にも安定した政権基盤は築けない。
にもかかわらず麻生はまるで強がってでもいるかのように、総裁選に力を尽くしてくれた盟友やお友達と呼ばれる議員達を重用し、さらに派閥間の均衡を図ることで党執行部と内閣を組織した。それでも幹事長の人選だけは町村派の意向に従わざるを得なかった。少々地味な細田が派遣された。「いずれにしろ、すぐに総選挙だ。総選挙は俺の顔で圧勝できる。福田前総理とは人気が違う。麻生派は今の何倍にも増えて実権を握ることになる。それまでの辛抱だ」とでも考えたのだろう。
だが目論見は見事に外れ、解散は先へ先へと引き延ばされることになった。一度解散を予測させ、その期待を抱かせた後に裏切ることはマスコミが許さなかった。マスコミは麻生に逡巡癖があると気づくようになった。逡巡は麻生の本意ではなかったが、派閥均衡人事の上に成り立つ内閣の長としては思うに委せない点が多々あった。加えて、連立を組む公明党の事情も無視できなかった。マスコミは、そんな麻生のために「ぶれる」という印象批評を用語化し多用した。麻生が逡巡するたびに「ぶれた」「ぶれた」と書き立てた。
折しも日本郵政の簡保の宿の売却問題が持ち上がり、総裁選の最大の功労者でもある盟友の鳩山邦夫総務相の華々しい発言が目立つようになった。中川昭一財務・金融担当相の辞任問題で弱り込んでいた麻生は内閣支持率向上の好機とでも思ったのか、不用意にも
「実は郵政民営化には賛成じゃなかった」という発言をし、鳩山には手紙まで書いて西川社長の罷免を応援した。
ところが党内の小泉郵政改革支持者から一斉に反発の声が挙がると、ついに「ぐらぐらする」麻生の本性を露わにしてしまった。自分が党内有力派閥の危うい均衡の上に辛うじて立たせてもらっている総裁であることを、いつの間にか忘れそうになっていた。慌てた麻生はマスコミが期待するとおりの釈明に追われた。そしてさらに「ぶれる」総理の印象を強くさせた。
この問題は最後には鳩山総務相を辞任させることで決着を見せたが、自民党の存在そのものが揺らぎ、その揺らぐ基盤の上で麻生がまた「ぐらぐらする」という二重に不安定な構造が出来上がっていることに気づく人は少ない。麻生自身がそのことを忘れたのか、あるいは元総理の安倍の無責任な進言に勇気づけられたのか、その後も森の恩義を忘れたような党三役人事を考えて不発に終わらせたり、東京都議選を挟む解散予告の動きがあって、ついには今回の自民党内ドタバタ署名劇へと発展することになった。幸い麻生下ろしの署名劇は細田幹事長など党執行部による公認保留もちらつかせてのなりふり構わぬ説得工作によって急速に萎んだ。その後の代議士会における中川元幹事長と麻生との握手は、ドタバタ劇が茶番劇へと化したことを物語っている。
最後は自民党が総ぐるみで有権者を愚弄して見せたのである。しかし、ぐらぐらする浮き石がそのときだけの権力を行使して無理に揺れを収めても長続きはしない。4年前の総選挙において郵政民営化に反対の議員を公認から外して追いつめた当時の幹事長武部が、今回は同じ手法によって逆に麻生下ろしを断念させられることになった。マスコミは面白がっても、こんな芝居が国民の暮らしを守ってくれるはずがない。有権者はようやく、自民党という政党そのものが根底から瓦解しかかっていることに気づいた。総選挙を先延ばしされて積もりつもった国民の怒りは今、地下へ潜りマグマとなって噴出の時を待っている。
もはや、ぐらぐらする石は麻生だけでも麻生内閣だけの問題でもなくなりつつある。自民党内の至る所に浮き石ができ、どちらが地盤でどちらが浮き石かさえ分からなくなっている。その弊害が国内の至る所に及んでいるとき、あろうことか霞ヶ関では官僚達が着々と自民党瓦解後の準備を始めている。自民党の安泰が霞ヶ関の安泰を意味した時代は終わった。霞ヶ関の安泰は、もはや自民党の安泰を必要としないところまで何重にも防護策が張り巡らされてしまった。これが、麻生が総理就任以来一貫して主張し擁護し続けた霞ヶ関の官僚達を使いこなすということの実態である。
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