春惜しむ--見ゆる限り2009/06/02

見ゆる限りの春惜しむ
  二階から見ゆる限りの春惜しむ 市川得佳

 療養中の句ではないかと想像します。高度経済成長前の日本は多くの人々が着るものにも食べるものにも事欠く日々を送っていました。肺結核はそんな時代を象徴する、不衛生と栄養失調を背景にした伝染性の恐ろしい病でした。ストレプトマイシンという特効薬はあっても、その費用を工面できる人は限られていました。空気だけは澄んだ郊外の僻遠の地に建てられた療養所に移され、そこで不帰の客となった若者も少なくありません。「見ゆる限りの」7文字に込められたのは、まさに過ぎ去ろうとしている青春の短さとそれを為す術もなく過ごしてしまったことへの無念さ、そして諦めの境地のようにも感じられます。再び巡ってくるか分からない春がいま終わろうとしているのです。飽食の時代に生きる若者には想像だにできない、病魔との闘いに暮れる若者の、しかしどこかに澄んだものを感じる佳句と言えるでしょう。

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