◎アジサイ回顧(6)--夏便り2009/06/30

 大槻の約転説を採るためにはその裏付けとなる証拠が必要です。直接の証拠は見つからなくても傍証ぐらいは必要です。しかし如何せんこの約転は万葉以前に起きたものです。つまり証拠となるものを先人の記録から見つけ出すことは不可能な時代の話です。まだ日本では文字というものを知らなかった時代の出来事です。
 もっとも万葉以後であれば約転の例を見つけ出すことは容易です。例えば「今昔物語」に「世の中をあぢきなしと思ひ取りて出家しけり」とある「あぢきなし」は、万葉の時代には「あづきなし」と言われていました。万葉集には3首登場し、それぞれ「小豆鳴」「小豆奈九」「小豆無」と記されています。この続き(最終回)は20時過ぎに掲載します。

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