◎言葉の詮索 暖か(3) ― 2010/02/19
結局、手元の辞書では疑問を解消することができなかった。「大辞林」の説明は丁寧と云うより饒舌に近く、ますます疑問の深まった気がする。「広辞苑」の説明は的こそ外していないものの、どこかに物足りなさが感じられる。日本語の辞書にありがちな、言葉の本質や背景にあるものを見極めようとする態度に欠ける事例のひとつと云えるだろう。
昔の人はよく「暑さ寒さも彼岸まで」と云っていた。夏の暑さも秋の彼岸を過ぎる頃にすっかり和らいで、逆に暑さが恋しくなるくらいに陽気が変わる。冬の寒さも春の彼岸を過ぎる頃には寒に逆戻りすることもなくなって暖かな春のぽかぽか陽気に変わっている。そんな先人たちの経験を伝える言葉である。この言葉こそ暖かという語の本質、そして秋暖や暖秋があり得ないことを教えてくれる最良の説明ではないだろうか。
暖かとは瞬間的には「大辞林」が云うように「暑くも寒くもなく、また熱くも冷たくもなく、肌に気持ちのよいぬくもりを感じさせる温度」という説明でよい。だが上記の謎に答えるためには瞬間的な暖かさの説明だけでなく、それをいつ感じるかという生身の人間の生活に即した時間的な背景説明が必要である。
人間が暮らすのは真空地帯や実験室の中ではない。暦の変化があり、季節が移り変わる中で暮らしている。環境や時間の変化を忘れた瞬間的な説明では暖かさの本質を見抜くことはできない。だから秋暖や暖秋が仮想であることの説明もできないのである。最後に小子の定義を紹介しよう。
暖かとは、一度寒さや冷たさを経験した後に、ほどよい温もりを感じる程度にまで気温や水温などが上昇するさまを云う。(了)
あたたかと開口音を四つ重ね 佐藤一村
あたたかと開口音を四つ重ね 佐藤一村
◎言葉の詮索 暖か(2) ― 2010/02/18
そこで試しに「あたたか」を手元の辞書で引いてみると、次のように説明されていた。いずれも先頭部分の原義と思しき説明だけを転記し、転義などは省いている。
○広辞苑(新村出編 岩波書店 1955.5)気候や温度が暑過ぎずほどよいさま。
○大辞林(松村明編 三省堂 1988.11)暑くも寒くもなく、また熱くも冷たくもなく、肌に気持ちのよいぬくもりを感じさせる温度であるさま。あったか。
○大辞林(松村明編 三省堂 1988.11)暑くも寒くもなく、また熱くも冷たくもなく、肌に気持ちのよいぬくもりを感じさせる温度であるさま。あったか。
これを見てすぐに気づくのは両者の文字数の大きな違いである。「広辞苑」の17字に対し、「大辞林」は3倍の52字を費やしている。しかしそれ以上に、両者には決定的な差がある。前者が「暑過ぎずほどよい」としているのに対し、後者が「暑くも寒くもなく、また熱くも冷たくもなく」とした点には注意が必要である。
なぜなら後者の説明をもし妥当とすれば、秋暖や暖秋もあり得ることになってしまう。すでに述べたように秋暖も暖秋も実際には存在しない、仮想の言葉である。そうした言葉をなぜ聞くことがないのか、この説明から窺い知ることはできない。一方、前者の説明にはこうした疑問の生じる余地がほとんど残されていない。説明を「暑過ぎず」と簡潔にして、秋暖や暖秋の混じり込む余地を排している。(つづく)
暖く乙女椿も焦げにけり 滝春一
◎言葉の詮索 暖か ― 2010/02/17
寒中には暖かな日射しの降り注ぐ春のような陽気が続いたのに、立春を過ぎてからというもの日本列島はすっかりお日様に見放されてしまった。毎日のように北風が吹き、時には冷たい雨が降り、ところによっては雪や霙(みぞれ)に見舞われる寒い季節に逆戻りしてしまった。せめて言葉の上だけでも、ここらで春の準備をしておきたい。
そう考えていたら今年も法事を知らせる案内状が届いた。立春を過ぎる頃から毎年、この季節になると親戚などから法事の通知が葉書や封書で送られてくる。それらの文面は決まって「春暖の候」という書き出して始まっている。これが秋の法事だと「秋冷の候」に代わる。春暖や暖春は聞くが、秋暖も暖秋も聞いたことがない。暖冬とはいうが暖夏とは云わない。なぜだろう。辞書はこの疑問に答えてくれるだろうか。(つづく)
あたゝかになる日を母のために待つ 栗原米作
○紅梅づくし ― 2010/02/16
◎季節の言葉 残る寒さ・余寒 ― 2010/02/14
寒が明け春が立ってもう十日も過ぎたというのに一向に春めいてこない。いや春めいたと思ったら次の日からまた寒の底に突き落とされたように寒い日が続く。あれほど吹いた南風もどこかへ消えて、シベリア下ろしの冷たい北西の風ばかりが吹いている。一度春暖を感じた後の寒さは特に堪える。文字を打つ手が凍えるように冷たい。
今年は寒暖の差が激しいせいか訃報が多い。すでに3人を見送った。つきあいの程度は様々だが中には子ども時代の思い出に残る数少ない遠縁の小父も含まれる。遠縁にあたることは最近になって知った。義理の叔父の姉にあたる人の連れ合いだから、あるいは遠縁よりもっと遠い関係かも知れぬ。だが、何時も手ぬぐいで頬被りをして忙しく働く姿は鮮明である。精米所に勤務し、時には庭先にもやって来て移動精米をしてくれた。ご冥福を祈りたい。
忌の人のおもかげ小さく余寒なほ 恩田秀子
◆空徳利を振ってみる 料亭じみん ― 2010/02/13
自民党など旧政権与党の再生の行方は今後の日本の政治状況を占う上でも重要な要素であることは疑いない。だが現状は益々望み薄の状態と言えるだろう。政治的理想の見えないことはすでに書いたが、さらに驚いたのは何を勘違いしたものか衆議院解散まで持ち出したことである。衆議院解散とは総選挙のことである。総選挙をするためには候補者を立てなければならない。候補者とは将来の政治家である。政治家とは政治的理想に燃える人々である。そんな人がどこにいるだろうか。いればとっくに理想も見えるし、党内の議論も活発に行われ、国会審議にもその一端は反映されているだろう。それがさっぱり見えないから案じているのだ。
こういう党の代表者や執行部を見ていると70年80年前の日本の軍部の軍人たちを思い出す。160年前の攘夷派の大名や家臣たちを思い起こす。その結果については言うまでもなかろう。腕利きの仲居に愛想を尽かされ去られて以来、どうも料亭「じみん」は経営が思わしくない。昨今は馴染みの客にまで愛想を尽かされる始末とか。哀れと思って寄ってはみたが、なぜか徳利の酒がすぐ冷める。料理はテキシツのフライに炒め物、揚げ足鳥の唐揚げと場末の居酒屋を思わせるし、そもそも酒の味が薄い。庭の井戸から水でも汲んで量目を増やしているのだろうか。
こんな店によくこれまで客が金を払っていたものだと妙に感心しながら、女将か番頭でも呼んで文句を言おうと徳利を振ってみた。が元より空徳利である。音の出るはずもない。そんな場所へ立ち寄った我が身に腹が立つだけだった。急いで勘定を済ませ、寒の戻った町へ出た。おお寒い。(了)
◆空徳利を振ってみる 旨酒の誘惑 ― 2010/02/10
しかるに昨今の自民党を見ていると、この政治的理想がさっぱり見えてこない。若手といわれる国会議員の中には理想に燃える人士もいることだろうに、それを党内で議論することがない。それどころか、そういう議論を始めようとすると寄ってたかって邪魔をしている。まるでそんな議論は我が党には関係ないといわんばかりに、青臭いの一言で片づけている。確かに世襲で議員を務める者にとって、政治的理想など何の意義も感じないのかも知れない。何の役に立つのか、さっぱり分からないというのが本音だろう。地盤と看板があれば銀行はいつでも資金を用立ててくれるし、政治資金集めのパーティーにも苦労しない。そういう人々の集まりが旧政権与党の自民党だったのだ。だから徒党というよりは世襲政治屋集団とでも呼ぶべき集合体に過ぎなかったのだ。
もうひとつ考えられるのは成功譚後遺症である。現在の執行部や執行部人事を根回しした大臣経験者など古株の人々の頭の中にはかつて細川連立政権を短期間で退陣させたときの余韻が、政権党復帰を果たしてたらふく飲んだ旨酒の酔いとともにまだ残っているのかも知れない。しかも一寸見(ちょっとみ)には酷似した政治状況と映るからどうしても頭から離れなくなってしまう。マスコミはここぞとばかりに囃し立てるし、鳩山首相の政治資金問題に加えて小沢幹事長の資金管理団体の問題までが棚から牡丹餅のように目の前に転がっている。腹の空いた魚でなくとも、ここはつい手が出てしまう場面だろう。(つづく)
◆空徳利を振ってみる 手段と目的 ― 2010/02/09
政党とは政治的徒党の意である。政治に関わる主義や政治的な主張に基本的な共通項または多くの共通点を持つ者が寄り集まって、つまり徒党を組んで、それらの主義や主張が実現される国家をつくろうと活動する団体のことである。だから目的は自分たちの主義や主張を実現することであり、そのための手続きや仕組みづくりである。民主国家ではこれを法案づくりとか立法措置と呼んでいる。
ところが、こうした法案づくりや立法措置には徒党の数が問題になる。議会を通すために審議を尽くすことはもちろんだが最終的には議会を構成する議員の過半数の賛成を得なければならない。議院内閣制はこうした関係や手続きの在り方について政府と議会との関係を定めた制度であり、イギリスで生まれた。日本国憲法もこれを採用している。議院内閣制における政権の交代や政権の奪取は政治的徒党を組む者にとって法案づくりを円滑に進める言わば手段に過ぎない。高邁な政治的理想などがあって初めて政権交代も政権奪取も意味をもつのである。
換言すれば政治的理想や政治的主張の中身によって政党は評価されるのであり、そうした理想ももたずに単に徒党を組んでいるだけでは政党とは言い難い。他の様々な徒党との区別も難しくなる。昨今の政界の動向を見ていると肝心の理想や主張に関する議論が極めて貧弱で、世界の中の日本という視点で今後の外交関係とりわけアジア諸国との関係を真剣に考える政治家がいるのだろうかと案じられてくる。
少子高齢化の問題にしても、食料やエネルギーの問題にしても、温室効果ガス排出量の削減問題にしても、普天間飛行場など在日米軍基地の問題にしても、外国人参政権の問題にしても、郵政やJALの問題にしても、民法や刑法改正の問題にしても常に全地球的な視野・視点で発言できる政治家が多数派にならなければ結局は幕末の尊皇攘夷派レベルの議論で終ってしまう。黒船の頃にはなかった新聞やテレビがあっても、不安を煽り瓦版を売るだけの商売では社会の木鐸(ぼくたく)にはならない。ここはどうしても政治家自身の奮起が必要なときである。(つづく)
◆履霜堅氷至 気の早い話 ― 2010/02/08
先月、白梅日記の中でシェリーの詩について紹介した。例の「冬来たりなば春遠からじ」の句が出てくる詩のことだが、寒の季節が開け立春も過ぎたというのに日本列島は各地で大雪や地吹雪に見舞われ雪崩の被害も出ている。心は暦に期待しても、日々の気象は冷厳な自然界の法則に従って変化するのみだ。決して我々の期待を優先することはない。
そう思っているとき、秋から冬に至る季節の移り変わりを表した警句を見つけた。今度は英詩ではなく、中国周代の占いを集める易経に記された言葉だ。春から夏を通り越してしまい、いささか気の早い話にはなるが忘れないうちに紹介しておこう。
履霜堅氷至(霜を履みて堅氷至る)
堅氷は堅い氷の意。堅い氷の張る寒く冷たい真冬の季節が到来することを表している。履霜は、そうした季節の前には必ず寒さの訪れを予測させる霜の降りる時期があるものだ、霜を踏んだらそれが寒い冬の予兆であることに思いを致さなければいけないの意である。堅き氷は霜を履むより至る、と訓んだ書もある。全体として大事の前の小事を見逃すなの意とされる。いずれにしても冬が来て絶望するのも愚だし、霜が降りたくらいで騒ぎ立てても仕方がないという気もする。
⇒http://atsso.asablo.jp/blog/2010/02/01/4850612 季節の言葉 凍る・氷(2)
⇒http://atsso.asablo.jp/blog/2010/02/01/4850612 季節の言葉 凍る・氷(2)
だが寒い冬の到来と秋の霜との間には大きな差がある。冬なら春の到来までに長くても3ヵ月の辛抱で済むが、霜の場合は春の到来まで4ヵ月も5ヵ月も寒い季節を耐え抜かなければならない。耐える時間の長さに開きがある。それくらいは知っておいてよいだろう。換言すれば春が近いと浮かれていると半年後には必ず秋が来るのだぞ、その時に十分な備えがないとその先の季節は到底乗り切れないぞ、と教えているのである。
◆ホームページの品格 ― 2010/02/06
立春を過ぎ本格的な梅見(うめみ)の季節を迎えた。陰暦二月は梅見月でもある。だが最近は梅見などという言葉は滅多に聞かれなくなった。もっぱら観梅か、あるいは梅まつりと呼ばれている。かつて蕪村が詠んだ「さむしろを畠に敷て梅見かな」の句から想像される長閑で鄙びていて日溜まりの温もりまで感じさせるような、そんな風景を期待しても無理なのかも知れない。
そう思いながら、試しに梅林や梅園の様子を知ろうと市町村や観光協会などが運営するホームページをのぞいてみた。そこで感じたのは、どうやらホームページにも品格というものがありそうだという点である。品格についてはいずれ「新釈国語」で検討しなければならない言葉だろうが、画面にそのページが表示されたときの印象が実に種々雑多であることに気づいた。祭りらしく賑やかに騒々しくその雰囲気を伝えようとしているページや日用品市場さながらにアイコンのごった返すページを多く見かけたが、中には落ち着いた画面構成を心がけたり梅の印象や雰囲気を大切にしていると感じさせるページもあって面白かった。まさにそれぞれのページが、それぞれの町や地域の土地柄を伝えているのである。
画面に映し出されるものは一般に情報と呼ばれ、文字と画像で構成されている。これに時には音声の加わることもあるが、それらが総合して訴えかけるもの、あるいは全体として感じさせる雰囲気、それがこの例で言えば土地柄ということになるだろう。しかもそこに何らかの品(ひん)を感じさせるためには、やはりホームページを制作する側にも、それを発注する側にも日頃からこうした点に対する自覚がなければならない。洗練されたページなどと口で言うのは簡単だが梅は工業製品ではない。生き物である。同じ梅と言っても生育している環境がみな異なる。空気が違うし、光が違う。その年々で微妙に変化もしている。育てている人の顔は違うし、思いも違う。もちろん歴史も違う。自動車や電化製品と同じ感覚では人を引きつけ、見る人を堪能させる梅のページは創れない。
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