◆自民党に春の兆し ― 2010/02/04
今日は立春。暦の上では今日からが春である。しかし日本列島はこのところ寒気にまとわりつかれて身動きできない。この小さな列島のどこにそんな魅力があるのか、まとわりついて離れないのは寒気だけではない。マスメディアの奢りに大企業の不遜までが加わって連日メディアを賑わせている。
生活が苦しいとか幼児が虐待されているとか煽り立てながら、それらの改善をどう図るかよりもゴシップ記事捜しとその提供に忙しい。そして相撲取りの乱行だの愚行だの、巷の結婚詐欺だの殺人だの、やれ政界ボスの黒い資金だのと、あることないこと事実も推測もごちゃ混ぜにして騒ぎ立てている。これでは社会の公器が聞いて呆れるし、新型車の応援をしたり手抜き自動車会社の業績まで案ずるに至っては天候どころか気分までもが寒々しくなる。
生活が苦しいとか幼児が虐待されているとか煽り立てながら、それらの改善をどう図るかよりもゴシップ記事捜しとその提供に忙しい。そして相撲取りの乱行だの愚行だの、巷の結婚詐欺だの殺人だの、やれ政界ボスの黒い資金だのと、あることないこと事実も推測もごちゃ混ぜにして騒ぎ立てている。これでは社会の公器が聞いて呆れるし、新型車の応援をしたり手抜き自動車会社の業績まで案ずるに至っては天候どころか気分までもが寒々しくなる。
そんな中、今週は一つだけ微かにではあるが思わぬところに春の兆しを感じた。与党惚けに陥った政党のことは先日「新釈国語」で解説した。今週は、これに該当する政党の機関誌に予想外の直球記事が掲載されていた。題して「しっかりしろ自民党」、その(下)にあたる紙面に微かな兆しが現れていた。
何しろ“国民の生の声を聞き、政策に生かす「なまごえ☆プロジェクト」”なるものを先週末に始動させたばかりの党である。その機関誌だから驚くには値しないという意見もあろう。だが、いくらテーマが「しっかりしろ自民党」とはいっても「波乱の生涯を閉じ」たとか、「もはや野党としても蘇生の見込みがない」と断定し、長年の失政のツケを払わされて汲々としている民主党を攻める資格なし、自分の夢をひとつも語らない、恋敵の悪口ばかり並べる、とまで言い切ったのだ。少しは驚いてあげてもよいだろう。もっと驚きたい向きは機関紙「自由民主」2402号(平成22.2.9号) p12 をお読みあれ。
すでに彼の党は冬も春も夏も感じない、ただただ昨秋長月の節分のみが続いているのだという診断のあることは知っている。それでもここは前向きに受け止めてあげようではないか。それが人情というものであろう。と、ここまで書いて気になったのが、この提言に対する彼の党のコメントだ。「正に“辛口”な内容ですが、その中にも、わが党再生への期待が込められた叱咤激励になっています」とは一体どこをどう読んで書いたのか。これぞ惚けの最たるものではないか。前々回2400号(平成22.1.26号)掲載の(上)との区別が怪しくなっているのだ。
※今が冬の時代なら、次に訪れるのは春のはず…。
◎季節の言葉 河津桜 ― 2010/01/31
河津桜は命名からまだ三十数年の歴史しかない比較的新しい品種の桜である。日本人は桜が好きだから、これからも各地に新しい種類の桜が誕生することだろう。90歳を過ぎた年寄りが、時に「長生きはしてみるものだ。まさかこんな経験ができるとは思わなかった」などと呟くのを耳にする。だが多くは科学技術の進歩に対する驚きの述懐であって、自然の恩恵に感謝する言葉は少ない。河津桜は自然がもたらした恵みの貴重な例かも知れぬ。
以下、伊豆半島は南端に近い東海岸にある人口8千人余りの小さな町、静岡県賀茂郡河津町役場の説明をお借りしながら、河津桜について紹介する。これも長生きしたればこその恩恵であろう。有難いことだ。(合掌)
河津桜は緋寒桜と早咲き大島桜が自然交配して誕生した品種と言われ、開花の時期が早いこと、花の期間が1ヵ月もあることの2つを特徴としている。また花の形は「平開形で一重のやや下向き」、「花弁は5枚の円形で無毛」、「色は蕾の時は濃紅色だが、満開時は淡紅色になる」と説明されている。本日撮影の次の写真で、まずは前記の説明を確かめていただこう。
この桜の発見は昭和30年(1955)頃と言われ、河津川沿いの雑草の中で見つけた実生の苗木(原木)は発見者(故人)の手で自宅の庭に植えられた。今では樹高10メートル、幹周り1メートル余の大木に育っている。場所は伊豆急河津駅からそう遠くない田中地区にある民家の庭である。新品種としての命名は昭和49年(1974)、翌年には河津町の木にも指定され、町を挙げての桜祭「河津桜まつり」は今年で20回目を迎える。
○白梅日記13 ― 2010/01/17
日記を続けるというのはなかなか難しいものらしい。昨日は老主人が花見の予定まで立ててくれたのに、その日を待たずに日記が終るかも知れない。大抵昼過ぎに見えるカメラマンが今日はいつもより遅れて日が傾き始める頃に現れた。そして撮影は大寒までだろう、と言い残して帰った。
理由は教えてくれなかったが、どうも新年から目出度くない出来事が相次いでいるようだ。番外で顔を見せた寒紅梅の爺さんは昔は丁髷(ちょんまげ)姿の侍とも付き合っていたと噂される長寿の双幹梅だし、老主人が大好きな水戸の黄門様の本物を見たと自慢する臥龍梅さえあるというのに、人間は百年も経たないうちにほとんどが消えてしまう。
今朝オギャーと生まれた赤ん坊でも女の子で86年、男の子なら80年は難しいと、老主人が「簡易生命表」と記された紙切れを眺めながら呟いていた。脚が地面に潜り込まず、あちこち動き回れるのは羨ましいとも思ったが、ただ寿命をそこら中に撒き散らしているだけの至極せっかちな生き物のようだ。
寒の梅蒼空に浮く二三輪 滝春一
◎季節の言葉 寒紅梅 ― 2010/01/17
寒中に咲く紅梅は寒紅梅と呼ばれ、澄み渡った青空に八重の花びらをパラボラアンテナのように向けている。空の青さは手が切れそうなほどに冷たい。眺めていると寒気が目を射すように襲ってくる。
今年のセンター試験も今日で終る。各地の神社にはきっと神頼みの絵馬がたくさん奉納されたことだろう。子どもの数が大幅に減ったというのに大学の数はほとんど変らず、学部や学科の増設は相変わらず賑やかに繰り返されている。親の教育負担が軽減される様子もない。進学塾も補習塾も大学の予備校も依然として賑わっている。子ども達も忙しそうだ。
ところがこれとは裏腹に、大学へ入る学生の学力や知識や教養は定年後世代から見る限り明らかに下がっている。きっと何か別の、老人世代には窺い知ることのできないものが彼等の頭の中を占領しているのだろう。不可思議な世の中だ。
寒紅梅馥郁として招魂社 虚子
○白梅日記03 ― 2010/01/05
今日は小寒、寒の入りです。大寒は今月20日、寒明け・立春は来月4日です。今朝の日の出は東京が6時51分、年末とほとんど変っていません。一年で一番夜明けの遅い時期でもあります。あと1週間はこんな状態が続いて、そのあと少しずつ日の出が早まってゆきます。そして名実共に春がやってくるのです。
今朝は明け方、久しぶりに雨が降りました。ほんのお印ばかりの雨量でしたが、それでも私たちには恵みの雨でした。少しホッとしているところです。それに日中はぽかぽかと暖かく、とても寒の入りとは思えない陽気でした。
メジロ君の話では近在の寺ではもう白梅が開いているそうです。私も南向きに植えてもらったつもりですが根元が塀に近いので、なかなか地熱が上がりません。それが寺の斜面にある仲間との差でしょう。まあ写真では分かりにくいかも知れませんが、これでも昨日よりは花芽が緩んで去年の春の浮かれ気分を思い出したところです。
◆気が重い(5) ― 2009/12/28
では沖縄県民の味方ですよと言わんばかりに普天間飛行場の国外移設を叫ぶ政党や政治家の主張には真実みがあるだろうか。残念ながら答えはノーだ。これが「たまの」さんの心を重くするもうひとつの原因である。
口先だけの主張や御為倒(おためごか)しは容易だが、それは一時のリップサービスにしかならない。もし国外移設が本気なら、在日米軍の存在を法的に裏づける日米安保条約(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約)の終了を堂々と主張し、条約の第6条に記される「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。」の効力を終らせなければならない。
いやしくも税金を費消して活動する公党には、それに足るだけの対応を要求したい。この条約がすでに不要なものであることを国民に分かりやすく説明し、その上で米国に対し第10条に基づいて「この条約を終了させる意思を通告」するのである。そうすれば日米安保条約は「そのような通告が行なわれた後一年で終了」して、沖縄県に偏在する米軍基地の現状を一挙に改善へと導くことができる。
それが嫌なら、あるいは安保条約がまだ必要だというなら、あとは他の都道府県が沖縄基地の肩代わりをするしかない。これまでの非を詫び、「遅まきながら肩代わりさせてください」と申し出るしかない。条約の終了も言い出さなければ他県の説得にも乗り出すことなく、安易にグアム移転などと主張する政治家の論法には詐欺商法にも等しい匂いを感じると腹を立てていた。(了)
写真は師走を迎えた沖縄の海辺。(文責・木多)
口先だけの主張や御為倒(おためごか)しは容易だが、それは一時のリップサービスにしかならない。もし国外移設が本気なら、在日米軍の存在を法的に裏づける日米安保条約(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約)の終了を堂々と主張し、条約の第6条に記される「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。」の効力を終らせなければならない。
いやしくも税金を費消して活動する公党には、それに足るだけの対応を要求したい。この条約がすでに不要なものであることを国民に分かりやすく説明し、その上で米国に対し第10条に基づいて「この条約を終了させる意思を通告」するのである。そうすれば日米安保条約は「そのような通告が行なわれた後一年で終了」して、沖縄県に偏在する米軍基地の現状を一挙に改善へと導くことができる。
それが嫌なら、あるいは安保条約がまだ必要だというなら、あとは他の都道府県が沖縄基地の肩代わりをするしかない。これまでの非を詫び、「遅まきながら肩代わりさせてください」と申し出るしかない。条約の終了も言い出さなければ他県の説得にも乗り出すことなく、安易にグアム移転などと主張する政治家の論法には詐欺商法にも等しい匂いを感じると腹を立てていた。(了)
写真は師走を迎えた沖縄の海辺。(文責・木多)
◆気が重い(4) ― 2009/12/27
ゴミ焼却場や屎尿処理場は都会で暮らす人々にとって無くてはならないものである。この意見に異議を唱える人は一切ゴミを出さない生活を送っている人か、隣人に迷惑を掛けない方法で堂々とゴミの始末ができる人だけだろう。だが、そんな人でも大小便の始末には困るだろう。知恵を出しても、これらの施設を都会の生活から不要にする妙案は浮かんでこない。だからゴミ焼却場や屎尿処理場は誰かが引き受け、何処かに必ず造らなければならない。
在日米軍基地を専用施設の面積で見ると実に75%が沖縄県に集中している。沖縄県の資料ではその数38、防衛省・自衛隊の資料でも33の専用施設が沖縄県に置かれている。沖縄県の人々は太平洋戦争末期に本土決戦の盾にされて島もろとも戦火で焼かれ、その上さらに戦後は米軍統治下での暮らしを余儀なくされてきた。本土復帰が叶ったとはいえ米軍基地の島という現実は何ら変ることなく続いている。そして日米地位協定に象徴される屈辱的な取り決めの一方的な犠牲だけを強いられている。
⇒ http://www.mod.go.jp/j/defense/chouwa/US/sennyousisetuitirann.html 在日米軍施設・区域一覧(防衛省)
これら米軍基地・専用施設の問題が単純でないのはゴミ焼却場や屎尿処理場とは違ってまずその必要性から議論しなければならないことである。大事だ必要だ不可避だと声高に叫ぶ保守党やマスコミの論調がある一方で、観念的に不要だ無用だと主張する政党もある。不思議なのは前者に与(くみ)する人々が大事だ大事だと主張しながら75%が沖縄県に集中する現実に目を向けないことである。沖縄本島の2割近くを基地が占める異常さについて、地元の人々が納得できるような懸命の努力も説明もしていないことである。
換言するなら、基地周辺に暮らさなければならない人々を同じ人間・同胞とは見ていないのである。多くの日本人は、こうした犠牲のお陰で高度成長を謳歌できたことも世界第2位の経済大国にまでのし上がったことも知らないし、知ろうともしない。もちろんマスコミもそれを伝えようとはしない。この無念さが「たまの」さんの心を重くしていると感じた。
写真は師走を迎える沖縄本島摩文仁丘と海。(文責・木多)
在日米軍基地を専用施設の面積で見ると実に75%が沖縄県に集中している。沖縄県の資料ではその数38、防衛省・自衛隊の資料でも33の専用施設が沖縄県に置かれている。沖縄県の人々は太平洋戦争末期に本土決戦の盾にされて島もろとも戦火で焼かれ、その上さらに戦後は米軍統治下での暮らしを余儀なくされてきた。本土復帰が叶ったとはいえ米軍基地の島という現実は何ら変ることなく続いている。そして日米地位協定に象徴される屈辱的な取り決めの一方的な犠牲だけを強いられている。
⇒ http://www.mod.go.jp/j/defense/chouwa/US/sennyousisetuitirann.html 在日米軍施設・区域一覧(防衛省)
これら米軍基地・専用施設の問題が単純でないのはゴミ焼却場や屎尿処理場とは違ってまずその必要性から議論しなければならないことである。大事だ必要だ不可避だと声高に叫ぶ保守党やマスコミの論調がある一方で、観念的に不要だ無用だと主張する政党もある。不思議なのは前者に与(くみ)する人々が大事だ大事だと主張しながら75%が沖縄県に集中する現実に目を向けないことである。沖縄本島の2割近くを基地が占める異常さについて、地元の人々が納得できるような懸命の努力も説明もしていないことである。
換言するなら、基地周辺に暮らさなければならない人々を同じ人間・同胞とは見ていないのである。多くの日本人は、こうした犠牲のお陰で高度成長を謳歌できたことも世界第2位の経済大国にまでのし上がったことも知らないし、知ろうともしない。もちろんマスコミもそれを伝えようとはしない。この無念さが「たまの」さんの心を重くしていると感じた。
写真は師走を迎える沖縄本島摩文仁丘と海。(文責・木多)
◆気が重い(3) ― 2009/12/26
沖縄県の面積は日本の国土全体から見れば僅か0.6%である。それでも東京都よりは少しだけ広い。但し広いといっても160もあるという小さな島の面積を寄せ集めた数字であり、最も大きな沖縄本島で比べるとその割合は0.32%弱となる。沖縄本島だけで見れば香川県の3分の2にも満たない面積である。
この小さな沖縄本島の19%にあたる土地を米軍が基地として今なお24時間365日占有使用している。この現実を日本の人々はどこまで本気で考えているだろうか。そもそも、この事実を知っているだろうか。マスメディアはどこまでそれを伝えているだろうか。伝えようとしているだろうか。
⇒ http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/contview.jsp?cateid=14&id=579&page=1 米軍提供施設・区域の概要 (沖縄県基地対策課)
現代社会に国際空港は欠かせない。それでも成田空港反対闘争が起き、今なお完全には解決していない。成田が駄目なら他の場所に造らなければならない。空港なしでは国際交流は不可能になる。電力にも似たことが言える。日々電力の世話になりながら多くの人が原子力発電所の建設に反対している。エコだ何だと言いながら、環境負荷の大きい火力発電所の世話になっている。水力発電の発電量は安定しているが、発電量全体に占める割合は低下傾向にある。太陽光発電や風力発電の見通しも決して明るいものではない。それでも現代人は電力の使用を止めないし、止めることができない。(文責・木多)
この小さな沖縄本島の19%にあたる土地を米軍が基地として今なお24時間365日占有使用している。この現実を日本の人々はどこまで本気で考えているだろうか。そもそも、この事実を知っているだろうか。マスメディアはどこまでそれを伝えているだろうか。伝えようとしているだろうか。
⇒ http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/contview.jsp?cateid=14&id=579&page=1 米軍提供施設・区域の概要 (沖縄県基地対策課)
現代社会に国際空港は欠かせない。それでも成田空港反対闘争が起き、今なお完全には解決していない。成田が駄目なら他の場所に造らなければならない。空港なしでは国際交流は不可能になる。電力にも似たことが言える。日々電力の世話になりながら多くの人が原子力発電所の建設に反対している。エコだ何だと言いながら、環境負荷の大きい火力発電所の世話になっている。水力発電の発電量は安定しているが、発電量全体に占める割合は低下傾向にある。太陽光発電や風力発電の見通しも決して明るいものではない。それでも現代人は電力の使用を止めないし、止めることができない。(文責・木多)
◆気が重い(2) ― 2009/12/25
安保世代の「たまの」さんにとって、最近のマスメディアに踊る日米同盟という言葉は喩えようもないほど激しい違和感を覚えるものだと言う。もう半世紀近く前のことになるが1960年(昭和35)6月、国民的なうねりとなりつつあった日米安保条約改定に反対する学生や教員や労働組合員の声を全国紙という巨大なメディアが突然寄ってたかって潰してしまった。いま日本のマスメディアは、普天間基地移設に関する日米合意の見直しを進めようとする鳩山内閣に対し、どこの国の新聞かと見紛うような恫喝まがいの居丈だかな論調を展開している。そうした紙面を目にするたびに、あの時の苦い記憶が蘇ってくるのかも知れない。
だがマスメディアが元々当てにならない存在であることなど百も承知のはずである。こんなことで急に気が重くなるはずがない。そう思って尋ねると、次のように説明してくれた。日本国憲法第9条を大事にする人も、この条文を変えたいと思う人も、日米安保条約など不要という人も、これを必要不可欠の条約と考える人も、在日米軍基地の問題を口にする以上は避けて通れない議論・視点があってしかるべきだが、それが政府からも与党からも野党からもどこからも出てこない。
こんな馬鹿げた民族があるだろうか。この国はまた明治の初めに戻ってしまったのだろうか。そう言えば「坂の上の雲」とか何とかいう前時代的な、非常に危うい歴史観に基づく明治期礼賛のドラマも始まったと聞く。こうした風潮の中で人々は、ただ日米同盟が大事だとか日米関係が心配だと安直に考えてしまうのだろうか。そして日本は中国やロシアより偉大だったと煽るような戦場シーンを流すことにも疑問を感じなくなってしまうのだろうか。と、ここまで話して溜息をついた。
写真は歳末のこの時期になってもまだ時々目にする散り残りのヤマモミジ。温暖化の影響か、なかなか葉を落とさない。(文責・木多)
だがマスメディアが元々当てにならない存在であることなど百も承知のはずである。こんなことで急に気が重くなるはずがない。そう思って尋ねると、次のように説明してくれた。日本国憲法第9条を大事にする人も、この条文を変えたいと思う人も、日米安保条約など不要という人も、これを必要不可欠の条約と考える人も、在日米軍基地の問題を口にする以上は避けて通れない議論・視点があってしかるべきだが、それが政府からも与党からも野党からもどこからも出てこない。
こんな馬鹿げた民族があるだろうか。この国はまた明治の初めに戻ってしまったのだろうか。そう言えば「坂の上の雲」とか何とかいう前時代的な、非常に危うい歴史観に基づく明治期礼賛のドラマも始まったと聞く。こうした風潮の中で人々は、ただ日米同盟が大事だとか日米関係が心配だと安直に考えてしまうのだろうか。そして日本は中国やロシアより偉大だったと煽るような戦場シーンを流すことにも疑問を感じなくなってしまうのだろうか。と、ここまで話して溜息をついた。
写真は歳末のこの時期になってもまだ時々目にする散り残りのヤマモミジ。温暖化の影響か、なかなか葉を落とさない。(文責・木多)
◆気が重い(1) ― 2009/12/24
先月の26日を最後に「たまの」さんの原稿が止まってしまいました。師走が近い頃だったので文字通り本業に追われて時間が無いのだろうと高を括っていました。が、10日経っても20日経っても一向にブログの話には乗ってきません。年末休暇が始まっても再開の気配がありません。
そこで思い切って、ブログ途絶の理由を尋ねてみました。当人は至って元気で週末以来、植木の手入れが忙しいとのことでした。高い三脚に登って黒松の手入れをしながら、ぽつりぽつりと最近の様子を語ってくれました。この話は、時々降ってくる松の枝先を避(よ)けながら書き留めたものです。
写真は小休止のため三脚から下りてきたとき「今の気分に近い風景だ」と教えてくれたものを掲載しました。とは言っても毎回、こんなにもどんよりした景色ばかり載せたらお読みになる方はきっとうんざりされることでしょう。次回からは、せめて写真だけでも穏やかな風景に差し替えて欲しいと願っています。御縁がありましたら、どうぞお付き合いください。(文責・木多)
そこで思い切って、ブログ途絶の理由を尋ねてみました。当人は至って元気で週末以来、植木の手入れが忙しいとのことでした。高い三脚に登って黒松の手入れをしながら、ぽつりぽつりと最近の様子を語ってくれました。この話は、時々降ってくる松の枝先を避(よ)けながら書き留めたものです。
写真は小休止のため三脚から下りてきたとき「今の気分に近い風景だ」と教えてくれたものを掲載しました。とは言っても毎回、こんなにもどんよりした景色ばかり載せたらお読みになる方はきっとうんざりされることでしょう。次回からは、せめて写真だけでも穏やかな風景に差し替えて欲しいと願っています。御縁がありましたら、どうぞお付き合いください。(文責・木多)














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