■希望の星--新釈国語 ― 2009/06/16
将来に寄せる期待の象徴となるもの。希望はそうなればいいとして人々が抱く期待や願いを指し、星はそうした期待や願いを具体的に示す目印の役割を果たしている。星はその訓が「欲し」と共通であることから文語表現の「あらまほし」に通じ、希望と同義との解釈も成り立つ。いずれにせよ「の」は同格の関係を表す格助詞と理解すべきものである。
なお希望にはこうした漠然とした期待や願いのほかに、具体的な事柄についてその実現を望むという意も含まれている。そのため時に鬼謀(並外れて優れる計画や対策)を重んじて奇謀(普通には思いつかないような、相手方をあっといわせる計画や策略)や詭謀(人を陥れるような計略)に走り、みずから身の破滅を招いて危亡に至る例も見られる。
かつては冀望、祈望、期望などの類義表現も盛んに用いられたが、最近は文部科学省による検定教育の普及ですっかり影を潜め、目にする機会は希(まれ)となった。
ほかに、外務省による「ロシア退役原潜解体協力事業」の別称としても用いられる。この事業は2003年1月、当時の小泉首相のロシア訪問に際して採択された「日露行動計画」に盛り込まれた、極東におけるロシアの原子力潜水艦解体事業を着実に実施するためのものであり、日本からは事業費として約7億9,000万円が拠出された。詳細は同省の下記ページを参照。
⇒http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/kyuso/star_of_hope.html
なお希望にはこうした漠然とした期待や願いのほかに、具体的な事柄についてその実現を望むという意も含まれている。そのため時に鬼謀(並外れて優れる計画や対策)を重んじて奇謀(普通には思いつかないような、相手方をあっといわせる計画や策略)や詭謀(人を陥れるような計略)に走り、みずから身の破滅を招いて危亡に至る例も見られる。
かつては冀望、祈望、期望などの類義表現も盛んに用いられたが、最近は文部科学省による検定教育の普及ですっかり影を潜め、目にする機会は希(まれ)となった。
ほかに、外務省による「ロシア退役原潜解体協力事業」の別称としても用いられる。この事業は2003年1月、当時の小泉首相のロシア訪問に際して採択された「日露行動計画」に盛り込まれた、極東におけるロシアの原子力潜水艦解体事業を着実に実施するためのものであり、日本からは事業費として約7億9,000万円が拠出された。詳細は同省の下記ページを参照。
⇒http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/kyuso/star_of_hope.html
○立てば芍薬--夏便り ― 2009/06/16
古来、美人の形容として用いられるお馴染みの言葉の冒頭です。「ば」は文法的に言いますと「順接の仮定条件を表す」となります。すなわち未成立の事柄を仮定し、それを条件として示すわけです。「立ったならば、きっとシャクヤクのように美しいでしょう」というのです。
そこで意地の悪い人が、仮定条件となっている立つ、座る、歩くの順序を入れ替えたらどうなるだろうかと考えました。しかし入れ替えが可能なのは座ると歩くの部分だけです。立てば芍薬、歩けば牡丹、座る姿は百合の花となります。理由はこれなら語調が崩れないからです。但しこれでは美人の印象が怪しくなってしまいます。
この表現の要点は7・7・7・5という音のリズムにあります。このリズムさえ守ることができて、表現やその内容・印象に不自然さがなければ動詞と花の組み合わせは何でもよいのです。
芍薬の一ト夜のつぼみほぐれけり 万太郎
そこで意地の悪い人が、仮定条件となっている立つ、座る、歩くの順序を入れ替えたらどうなるだろうかと考えました。しかし入れ替えが可能なのは座ると歩くの部分だけです。立てば芍薬、歩けば牡丹、座る姿は百合の花となります。理由はこれなら語調が崩れないからです。但しこれでは美人の印象が怪しくなってしまいます。
この表現の要点は7・7・7・5という音のリズムにあります。このリズムさえ守ることができて、表現やその内容・印象に不自然さがなければ動詞と花の組み合わせは何でもよいのです。
芍薬の一ト夜のつぼみほぐれけり 万太郎
○紅空木--夏便り ― 2009/06/16
先月10日にご紹介したハコネウツギは白と紅の上品な花を付ける小さな樹木でした。遠目には、その姿がアジサイのように見えることもあります。葉もヤマアジサイを大型にしたような感じの楕円形をしています。違うのは、よく見ると葉裏に毛状のものがあることです。幹もヤマアジサイよりずっと太くしっかりしています。この点は西洋アジサイ風です。
⇒http://atsso.asablo.jp/blog/2009/05/10/ 五月の風(8)
写真はベニウツギと呼ばれるものです。タニウツギの仲間ですから、恐らくハコネウツギからできた変種でしょう。白い花は付けません。全部が濃い紅色の花です。花の形は写真でも分かるように、ハコネウツギと同じく筒状をしています。庭木として栽培されるのは、このベニウツギが多いようです。
⇒http://atsso.asablo.jp/blog/2009/05/10/ 五月の風(8)
写真はベニウツギと呼ばれるものです。タニウツギの仲間ですから、恐らくハコネウツギからできた変種でしょう。白い花は付けません。全部が濃い紅色の花です。花の形は写真でも分かるように、ハコネウツギと同じく筒状をしています。庭木として栽培されるのは、このベニウツギが多いようです。
○目には青葉--夏便り ― 2009/06/16
人口に膾炙され、有名すぎるくらいに有名な句である。だが、その有名さも実は上辺だけなのだろう。場違いなところに句碑を見つけて苦笑することがある。例の西松建設事件で袋だたきにされた民主党前代表のお師匠さんは甲斐の人であった。名を金丸信という。その御仁が揮毫した巨大な御影石の句碑が、さる大川の上流に建っているのである。
晩年は少々気の毒な人生であった。それも身から出た錆と言えばそれまでだが。何を思ったのか、支持者がそうさせたのか、まだ権勢を恣にしていた頃の建立である。この句が「かまくらにて」相模湾の初鰹を詠んだものであることを関係者は誰一人知らなかったのだろうか。何とも滑稽な話だ。
目には青葉山郭公はつ鰹 素堂
晩年は少々気の毒な人生であった。それも身から出た錆と言えばそれまでだが。何を思ったのか、支持者がそうさせたのか、まだ権勢を恣にしていた頃の建立である。この句が「かまくらにて」相模湾の初鰹を詠んだものであることを関係者は誰一人知らなかったのだろうか。何とも滑稽な話だ。
目には青葉山郭公はつ鰹 素堂



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