○無駄花(3)--夏野菜2009/07/07

 これぞ無駄花、無駄花の女王、無駄花王(キングス)とも言うべき存在を忘れていた。漢名を馬鈴薯(ばれいしょ)、和名をジャガ芋という。茄子(なす)の仲間だから花も付けるが、実がなるわけでもない。あるいはなるのかも知れないが未だに見たことがない。
 子どもの頃、親の手伝いで種芋の植え付けもしたし収穫もした。ただ畑が遠かったせいか花を見る機会がなかった。収穫時、茎はほとんど朽ちていた。残った根元を頼りに遠くから軽く鍬を入れ持ち上げた。あまり近くに入れると芋を傷つけた。せっかく育った芋に申し訳が立たない。
 長じて自分の手で初めて栽培したとき、話には聞いていた花を見た。そして花が終わるのを待って鍬を入れた。ずいぶん待たされた気がした。ある時、その話を親にしたら「花は関係ない。むしろ摘んでしまった方がよい」と言われた。根元に蓄えた澱粉(でんぷん)の固まりが芋である。ジャガ芋は澱粉そのものだから実はかなり早い時期に掘り採ることもできる。大きく成長したものから順に掘り採って食べてゆく。これを探り芋と呼ぶそうだ。(つづく)

 馬鈴薯(いも)の花 紫ぎしぎし あっちこち  まさと

■目配り--新釈国語2009/07/07

 四方八方は無論のこと、時には物の裏側や上側下側にも注意を向けて平穏無事か、何か悪い兆候が現れていないか隅から隅まで見落としがないよう常にひとつひとつ確かめること。目とは眼の意、眼は視力と同時に心の働きをも表す言葉。見える場所、視野に入る場所だけを眺めるのでなく、通常では見えない場所や気づかないところにも注意を向け、さらには相手の心の微かな動きをも察知できるよう普段から心がけることをいう。
 目配りは企業などの幹部社員、大衆を代弁する政治家などに不可欠の資質である。目配りを怠ると組織内に不満が増えて能率が下がり、品質管理や顧客へのサービスも低下するため社会的な信用も低下する。株主の目配りも欠かせないが、それを活用しようとする経営者はそう多くない。政治家の場合は政策がちぐはぐなものとなり、有権者の信頼を失う。非力な総裁が大家から派遣された幹事長の発信力不足を理由にこれを交替させようと思案するなどは単なる認識不足に因るものであり、目配り以前の問題である。
 なお目配りは一般の公務員にも当然必要な資質だが、公僕意識が希薄な現状では保身だけを目的としたものになりやすい。これをどう改革するかは大きな政治課題であり、国の借金解消策とも深く関わっている。国民の目配りが試される課題でもある。

■造反--新釈国語2009/07/07

 政党など既成の組織内において組織のあり方や運営方法に異を唱えたり、執行部の方針に対して逆らったり抵抗を試みたりすること。造反は中国では死罪に相当する重罪だが、日本では比較的軽い意味で用いられる。特に1966年に始まる中国のプロレタリア文化大革命の中で学生中心の紅衛兵が「造反有理(反逆に道理あり)」をスローガンに用いて以後、日本でも若手と呼ばれる政党人の間で使われる機会が増えた。大企業や霞ヶ関にも若手は多いが彼等に感染する気配は未だ見られない。

◎都会の田圃(2)2009/07/07

 代掻きが終わり、いよいよ田植えに向けて水がどんどん田圃に引き入れられます。昔はこの辺りも水の確保に苦労したという話が伝わっています。新田開発が進むと小川の水はあっという間に足りなくなります。
 すぐに被害を受けるのが下流の村々です。そこで人を繰り出して上流の堰(せき)へと向かわせ、堰外しを余儀なくされます。本当はそんなことはしたくないのですが、水が来ないと代掻きも田植えもできません。こうして堰を挟んで上流下流の両村が対峙し、時に流血の騒ぎとなるのです。
 幸いこの村の人々はそんな騒ぎに巻き込まれることもなく自分たちの知恵と才覚とで苦難を切り抜けて来ました。しかしそんな田圃の多くが今は埋め立てられ、住宅と化しています。そして水の引かれた田圃に平和を象徴するように家と紫陽花の影を映しています。