とてつもない(3)2009/03/16

 この言葉が現代語に近い「途轍もなし」に変わるのは江戸時代に入ってからである。この時代の使用例は庶民文化の興隆を背景に広範な読者層をもつに至った浮世草子や浄瑠璃の中であり、庶民の言葉として描かれている。その意味合いも使用される場面も、従来とは全く異なる言葉に変じたのである。
 単に「道理がない」を意味するだけの「途轍なし」は武家社会には必要な表現であっても、庶民の生活や暮らしには縁の薄い言葉である。これに強意の助詞「も」を加えて「道理さえない」とする表現をつくり、それが「道理に合わない」とする解釈に転じるだけなら武家の社会であってもあるいは起こりえたかも知れない。しかし、それが「とんでもない」や「とほうもない」へと大きく転じるためには、言葉の担い手としての社会が武家中心から庶民をも巻き込んだ広範なものへと転換していなければならない。