こぶし・拳・辛夷(2)2009/03/25

 しかも漢名の辛夷(しんい)は植物名というには疑問が残る生薬の名称である。花の名前というよりも開花前の未だ蕾の状態にあるものを指す漢方での呼称である。それに辛夷と呼ばれるのはこぶしの蕾に限らない。モクレン科(学名 Magnolia)の多くの花々が蕾のうちに摘み取られ乾燥されて、鎮静や鎮痛などの薬効をもつ生薬・辛夷として漢方薬や医薬品原料などに供されている。
 実は手の指を握り締めた形である拳が具体的に何を指すものかも釈然としない。例えば「広辞苑」には「葉に先だってにぎりこぶしを思わせる蕾をつけ」とあるが、これはまさに上述の生薬に利用される蕾のことであって、その形をもって拳の由来とする説明には無理がある。
 似たような説明でも、まだ「ほころびはじめは赤児の拳を連想させる」(平凡社版俳句歳時記)の方が増しである。赤ん坊が所謂「にぎにぎ」をして少しだけ指を開くと、これが咲き始めたばかりの花びらに似ている気もするからだ。だがこの状態は手のひら(掌)と称すべきものであって、5本の指全部が折り曲げられた状態を示す拳のことではない。それにこの説明は、こぶしの花びらが6弁であることを忘れている。

花冷え2009/03/25

 今年も桜の便りが聞かれる季節となった。この時季、開花の後に「どか陽気」でも続こうものなら桜は一気に満開となり、あれよあれよという間に散り失せてしまう。強い風、激しい雨も大敵である。春の嵐が吹けば、公園は一夜にして桜の花びらの散り敷く広場へと変わる。暖かすぎるのも風が吹くのも雨も、桜の季節には遠慮して欲しいと願わずにはいられない。
 しかしこの時季、実際には曇りがちの日が多かったり、はっきりしない天候が続くようだ。気象庁が発表している過去30年間(1971-2000)の気象データを見ても、3月の例えば東京の日ごとの平年値で一番日照時間が短いのは26~30日、一番降水量が多いのは25~27日である。この前後も似たような値の日が続く。総じて3月下旬は曇りがちで時には雨も降る日が多いと言えよう。
 ところが同じ統計で気温の変化を見ると、平均気温も最低気温も最高気温も3月の平年値は毎日確実に上昇し、どの日も必ず前日の数値より高くなっている。花冷えの説明に当てはまりそうな一時的な寒の戻りや冷え込みを示す気温の低下を、30年間の平年値から見つけ出すことはできない。しかし各年の日ごとの気象データを見ると、3月は中旬から下旬にかけて毎年必ずと言ってよいほど、最低気温が前日の最高気温より10度以上低くなる日のあることが分かる。
 桜の開花は、季節感としても春を決定づける出来事である。気温の平年値は確実に上昇傾向を示している。心理的にも冬物は早く片づけ、なるべく薄着になりたい。そんな気分になっているとき突然、急激に気温が低下して寒い日に逆戻りする。これが花冷えと呼ばれ、春の季語にもなっている気象現象である。