○夏みかん2010/01/02

 季語も季題も季を示す語であることには変わりがない。ただ俳句の詠題としていうときはやはり「次回の季題は…」とか「お題は…」が多いだろう。季語は季を示すために選ばれた個々の言葉を指していると解釈したい。

 昨日、ちょっと夏みかんの話をした。実際の場面は暦が新しい年に替ったばかりの時刻であった。この夏みかんは文字通り夏の季題として使われる。俳句における夏とは立夏過ぎをいうから現代の暦に直せば五月も初旬以降の季節を指している。だが立夏を過ぎてからの季題では、たわわに実る生気溢れた夏みかんを詠むのは難しいだろう。


 例えば麦なら晩春から立夏の頃に穂を出す。だからこれを夏の季題にするのも、「麦青む」といって春の季題にするのも構わない。しかし夏みかんとなると、味わう季節からして夏では遅い気がする。現代では「冬みかん」が終ってしばらくすると、もうハッサクや甘夏が店先に並ぶ。その姿を庭先に愛でるのはこれより遙かに早い時節である。晩冬から春先までのいま頃が一番、姿が美しいと感じる。




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