■内閣官房長官--新釈国語 ― 2010/01/27
内閣にあって首相を補佐しながら、政権が推し進める政策の企画立案を図り、閣議事項を整理し、内閣の庶務および行政各部の施策の総合調整を担い、政策実現に向け時に与野党などとの折衝も行う内閣官房のトップをいう。一般には略称の官房長官が用いられる。首相官邸内に執務室があり、補佐役として2名の副長官が任命される。仕事柄、内閣のスポークスマンとも呼ばれ、マスコミに登場する回数は定例の記者会見を含めて他の閣僚より断然多い。そのため官房長官に抜擢されたことで知名度を上げた政治家も少なくない。
しかし安倍晋三元首相に象徴されるように抜擢されても実力が伴わないと、本人は元より広く日本の政治全体にとっても不幸の始まりとなる。時の首相に人を見るよほどの能力・鑑識眼でもない限り抜擢人事は避けるべきだが、最近は狭隘な交友関係や指南役の不在などが祟って手持ちの貧相な駒で間に合わせる例も見られるようになった。鳩山内閣においてはすでに手遅れという指摘もあり、当人の政治家としての資質や能力だけでなく出身労組・企業の社員研修などにも疑問符が付きかねない状況にある。
しかし安倍晋三元首相に象徴されるように抜擢されても実力が伴わないと、本人は元より広く日本の政治全体にとっても不幸の始まりとなる。時の首相に人を見るよほどの能力・鑑識眼でもない限り抜擢人事は避けるべきだが、最近は狭隘な交友関係や指南役の不在などが祟って手持ちの貧相な駒で間に合わせる例も見られるようになった。鳩山内閣においてはすでに手遅れという指摘もあり、当人の政治家としての資質や能力だけでなく出身労組・企業の社員研修などにも疑問符が付きかねない状況にある。
写真は大量に実を付け、採りきれずに放置されたユズの実。寒中を過ぎると自然に蔕の部分が枝から剥がれて落下する。
⇒http://atsso.asablo.jp/blog/2009/11/01/4668361 柚子(4)--実りの秋
◎言葉の詮索 季節外れ 2 ― 2010/01/27
こんなことを考えたのは金柑が晩秋の季語に分類されていることを知ったからである。確かに寒中の金柑はやや熟し気味のような気もするが、それでもなぜ初冬ではなく秋なのか疑問に思ったからである。因みにミカンは冬の季語であり、柑橘類の多くが夏みかんを除いては冬の季題にされている。なぜ独り金柑だけが秋なのか。
そこで記憶をたどりながら昨年の写真を調べてみた。するとまず10月の中旬に撮したものが出てきた。まだ青々としている。青切りみかんならいざ知らず元々が小粒の金柑の場合、この状態で一人前扱いするのは無理だろう。冬の始まりを意味する立冬は暦の上では11月の上旬に当たる。つまり俳句の世界では、この青々とした金柑を季題としていることになる。不思議ではないか。
次に撮したのは11月の下旬である。都会の感覚では、ここまでがギリギリ晩秋と呼ぶことのできる季節だろう。だが暦の上ではこの時季は小雪に当たり、すでに冬に入っている。それでも金柑の表面にはまだ僅かに蒼い部分が残っている。ミカンの場合はこれくらいの色のものから盛んに市場へ出回り始めるが、金柑の旬と呼ぶにはやや金色・オレンジ色が足りないと感じる。
そうなると季節はどうしても大雪(12月初旬)を過ぎ、ますます冬至に近づいてしまう。12月以降の金柑でなければ金柑らしくは見えないことになる。昨年の金柑を基準に考えれば暦が妙だ不可思議だということになるし、逆に暦から見れば昨年は金柑の生育が遅かったのだろうということになる。
元々が小粒の金柑は実も酸っぱく、これを生のまま食べる人は多くない。皮付きのまま煮て料理などに添えるか、砂糖や蜂蜜をたっぷり使った甘露煮にして食するのが一般的だ。つまり果物としてはミカンほどの人気がないのである。何より金柑を詠んだ作品の少ないことが、この辺の事情を率直に物語っている。どこを見ても阿波野青畝の「一本の塀の…」句ばかりである。であればこそここはやはり初冬の季語に改め、冬を彩る風物詩とするのが金柑には似つかわしい扱いと言えるだろう。(つづく)
金柑は四つ子五つ子六つ子かな まさと
◎檸檬という漢字 ― 2010/01/14
先日紹介した「リモネ」のルビは、鴎外が翻訳に使用したドイツ語版の訳本に基づく Limone を仮名表記したものである。足かけ5年に及ぶドイツ留学を経験した律儀な軍医らしいルビの振り方とも言えるが、当時はまだ今のように英語の lemon (レモン)が一般化していなかったことの証拠でもあろう。
だが、さすがは漢籍に明るい鴎外である。これに檸檬なる漢字表記を宛てた。この語は漢音ではニャウボウまたはダウボウだが、日本では広くネイモウが使われる。中国音では地名の寧波(ニンポウ)などと同様、ニンモンとなる。
中国の古い字書である韻書によれば、檸は果樹の名で「木の皮は酒に入れて浸せば風を治す」(廣韻)、「木の名。皮は薬と為すべし」(集韻)と説明されている。一方、檬は「槐に似て華は黄」(廣韻)、「木の名、黄槐也」(集韻)と説明され、「広漢和辞典」はこれをマンゴーとしている。
檸は単独でもレモンの意として通るようだが、檸と檬を組み合わせ lemon なる外来の果物を漢字で示したところに中国先人の工夫が見られる。漢字の多くは表意文字としてその意味を示すために使われるが、時には他国の言葉を中国に移すための発音記号としても利用されるのである。
年明け1月の、レモンイエローと呼ばれる色に変りつつある時期の実を撮した。なお鴎外の「鴎」は正字では「區+鳥」であることをお断りしておく。
◎日本人とレモン ― 2010/01/09
鴎外が20世紀の初めに翻訳したアンデルセンの「即興詩人」には度々レモンが登場する。これを鴎外は「檸檬」と記し、全て律儀に「リモネ」とルビを振っている。明治35年(1902)に出版された春陽堂版を繙くと、例えば次の如くに記されるのである。現代なら定めし「その木にはまだ十分な日の光を浴びていない、緑色のままのレモンが生っていた。」とでも訳すところであろう。
檸檬樹(リモネ)はまだ日の光に黄金色に染められざる、緑の實を垂れたり。(上巻p36)
こうしたロマンチックな文章に触れた人々がレモンに対し、普段よく知るミカンとは全く異質の憧憬にも似た感情を抱いたであろうことは子ども時分の記憶からも明かである。それは地中海という異国の地に産するハイカラな黄色の実であり、エキゾチックな響きをもった夢のような果物らしいということであった。こうした印象を生む最初のきっかけが鴎外の訳文にあったことは疑いない。
明治大正期の作家にとってもレモンはおそらく大きな憧れの一つであったろう。大正14年(1925)、梶井基次郎が「青空」に発表した短編小説「檸檬」は当時の知識人達のレモンに寄せる感情を如実に伝えている。「檸檬などごくありふれている」と言いながら一方で「いったい私はあの檸檬が好きだ」と書き、色も形も好きだと素直に認めざるを得なかった。
写真はまだ日射しの強い9月初め頃のレモンである。
◎季節の言葉 青木の実 ― 2010/01/08
アオキは関東地方の山に入れば樹木の下など至る所に自生している。だから珍しくも何ともないとも言えるのだが、知人の青木君はこれをファミリーマークと称して広い屋敷の要所要所に植えていた。
ところがある時、この見慣れたはずのアオキにも実は色々変種があると知って青木邸を訪れると案の定、山取りの樹木ばかりではないことが分かった。珍重され幕末には海外にも渡ったと物の本で読んだことのある繊細な斑入りのアオキが大きな庭木の陰に植わっていた。よく見れば、この仲間にもまた色々な斑の入り方があるようだ。
見かけは普通のアオキと差がないのに、黄色の実を付けるアオキも木戸の近くにあった。古木というか、幹周りが人の腕より太い老木もあって驚かされた。他にも丹念に観察すればきっと多くの変種があったに違いない。凡俗には窺い知れない高等な趣味もあるものだと感じ入ったことを思い出す。
青木の実学者の妻の墓小さし 安立恭彦
◎レモンの季節 ― 2010/01/06
先日「夏みかん」を夏の季題とすると、庭先に実る姿を詠むのは難しいだろうと書いた。これとは反対に、食べる時期より枝先に実る時節に合っているのがレモンである。歳時記ではレモンを秋に分類している。しかし9月や10月のレモンはまだ青く、食するには少々早すぎる。輸入物なら近年は年中売っているが、国産が出回るのは早くても11月以降だろう。12月に入ると急に増え、年が明けてもそのまま1月2月と出荷が続く。
花の時期は、国内では他のミカン類と同じく5月が多い。だが木によっては年中、花が咲いているように感じるものもある。8月か9月頃に咲いた白い花がドングリのような実を付け年末、収穫期を迎えた黄色いレモンの隣でピンポン球にも届かない小さな青い実に育っているのを見ることもある。
レモンを秋の風物に数えるのは日本人がレモンそのものよりも、それが生る風景を珍しく感じるからではないだろうか。写真は12月中旬の、まだ薄緑色をしたレモンの実を撮したものである。
○夏みかん ― 2010/01/02
季語も季題も季を示す語であることには変わりがない。ただ俳句の詠題としていうときはやはり「次回の季題は…」とか「お題は…」が多いだろう。季語は季を示すために選ばれた個々の言葉を指していると解釈したい。
昨日、ちょっと夏みかんの話をした。実際の場面は暦が新しい年に替ったばかりの時刻であった。この夏みかんは文字通り夏の季題として使われる。俳句における夏とは立夏過ぎをいうから現代の暦に直せば五月も初旬以降の季節を指している。だが立夏を過ぎてからの季題では、たわわに実る生気溢れた夏みかんを詠むのは難しいだろう。
昨日、ちょっと夏みかんの話をした。実際の場面は暦が新しい年に替ったばかりの時刻であった。この夏みかんは文字通り夏の季題として使われる。俳句における夏とは立夏過ぎをいうから現代の暦に直せば五月も初旬以降の季節を指している。だが立夏を過ぎてからの季題では、たわわに実る生気溢れた夏みかんを詠むのは難しいだろう。
例えば麦なら晩春から立夏の頃に穂を出す。だからこれを夏の季題にするのも、「麦青む」といって春の季題にするのも構わない。しかし夏みかんとなると、味わう季節からして夏では遅い気がする。現代では「冬みかん」が終ってしばらくすると、もうハッサクや甘夏が店先に並ぶ。その姿を庭先に愛でるのはこれより遙かに早い時節である。晩冬から春先までのいま頃が一番、姿が美しいと感じる。
○元旦の月 ― 2010/01/01
昔、もう半世紀近くも前のことである。大晦日の晩、除夜の鐘が終った頃ではないかと記憶する。その晩も、高台にある住宅地の雲ひとつない空に大きな満月が浮かんでいた。家々の窓にはまだ明かりが灯っていたことを覚えている。
が、それ以上に鮮明に覚えているのが、ある家の庭先で大きな実を付けていた夏みかんのことである。きっとまだ酸っぱい味にもなっていない、味なしの夏みかんだろうなと思いながらその家の前を通り過ぎた。今でも庭先に下がる夏みかんを目にするたびに、そのときの記憶が蘇ってくるから不思議だ。
年末に続き、元旦の月の出の写真も掲載した。ミニカメラでは「うさぎの餅つき」風景までは捉えることができない。そのため昨夜と比べて、どの程度に欠け始めたかを確認することができない。見た感じでは、昨夜よりは今日の方が真正の満月に近かった。
○明日の月、元旦の月 ― 2009/12/31
話が横道に逸れた。今日の話題は「お月様」である。昨日の月の出は東京の場合14時50分だった。今日は15時57分、そして明日は17時11分と発表されている。つまり毎日1時間以上遅くなる計算だ。
冬の月というと、とかく寒々しい印象が強い。だが満ちてゆくときの月は日中の空にあって気づかない人も多い。寒々しく感じるのは満月を過ぎて欠け始めた月のことではないだろうか。
と、ここまで考えて、もうすぐ訪れる2010年の初日の出の前に実は本当の満月(月齢15.0)が拝めることに気づいた。西の空に沈み、明日の夕方見(まみ)えるときはすでに欠け始めている。新しい年の幸ひ(さきわい)を真正の満月に祈るなら今晩しかないのである。
これを拝みそこなうと、かつて平家の人々が西海に落ち延びたとき福原の旧里で眺めたような「しもの弓張り」月を暫くは拝んで暮らすことになる。下弦の月の方がやはり寂しさは勝るだろう。縁起を担ぐ人は急ぎ眠って除夜の鐘に起こしてもらうか、または夜更かしをするしかない。起きていれば、僅かだが部分月食の余禄にも与(あずか)れる。
写真は枯野に立つ南天を選んだ。今年一年の難を転じてくれるよう願ったつもりである。ところで、この記事を年が明けて見つけた人のために一言付け加えておきたい。万一、今夜の満月を見そこなっても、2010年1月には満月がもう1回ある。だから慌てる必要はない。その代り2月は満月が無いので油断は禁物だ。
冬満月凡妻の名をほしいまゝ 吉田なかこ
冬の月というと、とかく寒々しい印象が強い。だが満ちてゆくときの月は日中の空にあって気づかない人も多い。寒々しく感じるのは満月を過ぎて欠け始めた月のことではないだろうか。
と、ここまで考えて、もうすぐ訪れる2010年の初日の出の前に実は本当の満月(月齢15.0)が拝めることに気づいた。西の空に沈み、明日の夕方見(まみ)えるときはすでに欠け始めている。新しい年の幸ひ(さきわい)を真正の満月に祈るなら今晩しかないのである。
これを拝みそこなうと、かつて平家の人々が西海に落ち延びたとき福原の旧里で眺めたような「しもの弓張り」月を暫くは拝んで暮らすことになる。下弦の月の方がやはり寂しさは勝るだろう。縁起を担ぐ人は急ぎ眠って除夜の鐘に起こしてもらうか、または夜更かしをするしかない。起きていれば、僅かだが部分月食の余禄にも与(あずか)れる。
写真は枯野に立つ南天を選んだ。今年一年の難を転じてくれるよう願ったつもりである。ところで、この記事を年が明けて見つけた人のために一言付け加えておきたい。万一、今夜の満月を見そこなっても、2010年1月には満月がもう1回ある。だから慌てる必要はない。その代り2月は満月が無いので油断は禁物だ。
冬満月凡妻の名をほしいまゝ 吉田なかこ
○干し柿--晩秋 ― 2009/11/17
富有や次郎のような甘柿は木からもいだものをそのまま食べるが、平種無しのような渋柿は焼酎を振りかけて数日間密封し、渋抜きをして食べる。昔は皮なども剥くことがなかった。蔕(へた)だけ取ってかぶりついた。今でも歯だけは丈夫なつもりだが、それでも大抵は皮を剥いて食べる。その方が果汁を多く感じる。
干し柿は渋抜きというよりも保存のためにつくったと記憶する。柿の木は裂けやすいので取るのも時に命がけとなる。太い細いの問題ではなく樹幹の繊維の方向に因るのだろう。だから木に登って取る場合にはあらかじめそのように枝振りを考えて仕立てる必要がある。つまり工夫次第で簡単には裂けない枝に仕立てることが出来る。
干し柿は渋抜きというよりも保存のためにつくったと記憶する。柿の木は裂けやすいので取るのも時に命がけとなる。太い細いの問題ではなく樹幹の繊維の方向に因るのだろう。だから木に登って取る場合にはあらかじめそのように枝振りを考えて仕立てる必要がある。つまり工夫次第で簡単には裂けない枝に仕立てることが出来る。
しかし取る以上に面倒なのが皮剥きである。一つひとつ綺麗に剥きあげなければならない。根気の要る仕事である。早めに野良から帰り、日が暮れるとすぐに夕飯を済ませて家族総出で取りかかった。明かりといえば炉端で燃える火と、天上に吊された裸電球だけである。それでも手元はよく見えた。大人のする世間話を聞きながら、見よう見まねで器用に両手を動かして皮剥きを手伝った。豊作の年は一苦労だが、それでも眠たくなる頃には山と積まれた柿がみんな皮を剥かれ荒縄に吊されるのを見ることができた。俳句では、干し柿(干柿)以外にも柿干す、柿吊す、つるし柿など色々な表現が用いられている。
その端に今日吊したる柿の色 渡辺満峰














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